まちづくり連続講座「並木なるほど 七変化」
第1回講座記録
金沢の漁業(埋め立て以前を中心として)
〜江戸前の魚 は今〜
並木コミュニティハウス&富岡並木調査隊共催
日時:平成14年2月23日(土)午後2時〜4時まで
場所:並木コミュニティハウス研修室
受講者:25名
講師:神奈川県漁業協同組合連合会 代表理事会長 小野誠先生(写真左)
講師は元富岡漁業協同組合の大胡政次さんの紹介です。講師は水産大学を卒業した後、県庁の水産課に勤務し30年間現場の漁師とつきあい、図鑑でみる魚とは違う漁業の体験をしたそうです。
県庁を早めに退職し、喫茶店を営業する生活設計を考えていましたが、県側の強い要請があり県漁連に入ることになりました。
県漁連は、神奈川県の漁業協同組合をまとめている組織です。現在南部市場の前にあり、年末にはマグロの即売会を行っていてNHKにも放映されました。神奈川県は埋め立て等により、漁業の場が少なくなり、また後進国にも負けてしまい漁業の地盤沈下が激しいので漁連の立場も苦しい。 このために県漁連では新商品を開発し、経営の改善に努めているということで、ツクダニ「三浦さんぜん」の作り方を披露されました。
講座の全体の流れを説明するコミュニティハウスの館長です
大胡さんの取材から小野会長の講師依頼まで苦労した小西さんです
ジャコ、カツオ、コンブの神奈川県で収穫できる海産物ですぐにできる「三浦さんぜん」です
金沢沖の漁場図
講義の内容
昔の関東平野
左の写真の様に、2万年前の関東平野は海面が今から120m低かったようだ。大山、烏帽子岩、江ノ島から房総まで一つの繋がりを持っていた。そのころの相模川は東京湾へ流れていたと推測される。そのうちに海面が上昇してくる。三渓園にある砂利層はその時代の川の堆積かもしれない。 この辺の崖崩れが多いのは、相模川の影響で砂が多い地層が理由かもしれない。
6000年前海面が2.5m〜5m上昇し関東平野は海になった。この時代の貝殻の化石がが秩父辺りの山地で見つかる理由だ。
富岡沖の海底
上記に掲載したのは昭和33年に作成した漁業図。赤い線で囲まれている共第8,9,10号というのが、各漁業協同組合が活動できる入会地のような漁場をあらわしている。 共8は本牧、屏風が浦、杉田他 共9は富岡、金沢、柴 共10は横須賀の漁場。
根が点在するが、あまり固いものではなく、柔らかい岩、砂で出来ている。根を避けるものと、根で行う漁業がある。根は陸の丘陵の連続であり、岬の先に根がある。八幡鼻から長浜の湾曲は沖にもある。金沢の泥亀は海だったのが埋め立てが進んだため、陸が移動し金沢沖は砂ばかりである。
埋め立て前の漁場、海岸線
上図で富岡町の北側にある人工的な海岸線は横浜航空隊の跡地で、現在機動隊が使用している。十二天の鼻は現在の東洋製罐の寮の場所。富岡川は現在の上の自転車置き場を流れていた。とみおか団地の西側には下の浜の名残の石積みが残っている。湾岸沿いには桜があって、花見は海上で酒を飲み、釣りをしながら遊んだ。 長浜検疫所には焼き場があり、その山は漁師の目印となった。小柴には海苔の試験場があった。前述の航空隊の角から野島の外側の角を直線で引いた線の沖側500mが現在の357号線。点線で囲まれた四角が米軍の送油菅の場所。
富岡沖は一直線の海岸線で浅瀬が続いていて、中根、木像浅瀬など大きな漁場だった。沖の方に、貝が並木のようにびっしりついていたので、「並木」という漁場の名前の名がついたのではないだろうか。
木像浅瀬からは1311年の大津波で流失した観音様が引き上げられた。長浜千軒は富岡〜小柴の間が賑わっていたことを意味している。この地域の地盤が軟らかいため、津波、崖崩れが繰り返されることが想定される。
昔の漁業のビデオ映写
昔の8o映画をビデオに編集したもの。昔の漁業の風景が撮影されています。この写真は子供が海苔を干す手伝いをしているところです。
埋め立て前の漁業
漁法
収穫できる魚
( )は漁法が残っていても現在収穫出来ない
現在
利用
小晒
刺し網漁でイワシが沢山捕れた
×
定置
アジ、カレイ、タイ、サバ、イシモチ、キス、車エビ、スズキ
×
筒
アナゴ
○
壺
タコ
×
底曳き
カレイ、シャコ、(イシモチ)、(車エビ)、(ヒラメ)、スズキ、(イタヤガイ)、(赤貝)、(トリ貝)
○
貝類養殖
アサリ、ハマグリ、カキ
×
一本釣
タイ、アイナメ、スズキ
○
地引き網
イシモチ、キス、ヒラメ
×
藻建
エビ、カニ、キス、(車エビ)、(ガザミ)
○
徒手
アサリ、ハマグリ、アオヤギ
×
巻き網
イシモチ、スズキ
×
潜水器
ミルガイ、タイラガイ、ナマコ
×
海苔養殖
ノリ
×
富岡は浅瀬のため、ノリの養殖が主な漁業だった。最初はノリの胞子を2,3回収穫するとそれで終わってしまったが、ノリの胞子が貝殻で成長することをイギリス人が発見した。この発見によりノリの胞子をを冷蔵庫で休眠させ、一番ノリのおいしい1月2月の寒い季節に収穫が可能になった。この技術によりノリの収穫が飛躍的に増加した。
現在の漁業
現在、魚を食べない若い人達が増えたことと、魚の収穫が減っていて漁業は不振だ。現在漁業を継続している人は、2操1休(2日操業して1日休む)で資源を守る努力をしている。
魚が捕れなくなった理由として、地球の温暖化と水質の汚染があげられている。 海を守るために山に植樹し、水質の浄化も考えている。これからは環境との共生を漁師も考えていかなけらばならないし、水質の保全のために消費者も努力をして欲しいし、魚をもっと食べて欲しい。
会場の風景
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